現役時代10年以上生活保護行政に携わっていた。
ちょうど昭和40年代後半から昭和が終わるころだった。
生活保護受給者が継続的に増えていた。
国は不正受給を抑制するために悪名高い123号通知を全国の自治体に通知し生活保護の適正化を推進した。
123号通知は暴力団関係者による不正受給対策を主眼にしていたが、生活保護申請者や受給者の資産状況(土地、建物、預貯金、生命保険加入状況など)及び収入状況などに関して、関係先照会に同意する旨を記し署名捺印した書面を申請者や被保護者から提出させた上、訪問調査等により的確な把握に努めることという生活保護の申請者や受給者全体に対する対策強化の通知だった。
支援団体からは同意書は一括白紙委任状だと強い批判を受けた。
しかし、実際に調査してみると不正受給につながる預貯金や生命保険の解約返戻金や無申告の就労収入などが結構な数が出てきた。
ただ、生活保護が暴力団組員や部落問題という歴史的な差別から生じて生活に困窮した人々、そしてまじめに働かない人々など負のイメージが植え付けられ、生活保護は恥ずかしい、生活保護だけは絶対に受けたくないという風潮が増大していたような気がする。
生活保護の保護率(1000人あたり何人が保護を受けたか)の推移をみると、1974年から1984年までは保護率11.9から12.2と緩やかに上昇していたが、123号通知が出た1985年から保護率(11.8‰)は減少に転じて、その傾向は2005年まで続いた。
2006年再び保護率は11.8‰に復し、2008年(12.5‰)のリーマンショックとともに急速に増加し以後2015年(17.0‰)まで上昇した。
その後、この数年間は微減、2021年8月は16.3‰だった。
この数字は私としては意外だった。
2019年年末から発生した新型コロナによる経済的影響は現在まで繰り返し続き、中小企業の倒産や非正規労働者の失業など拡大している中で、ほとんど保護率に変化は出ていない、むしろ減少しているのだ。
確かに、コロナ禍の支援対策は全世帯への一人10万円の特別定額給付金や,低所得者対策として緊急小口資金による緊急かつ一時的な生計維持のための生活費の貸付(最大20万円)や総合支援資金による生活立て直しまでの一定期間(最大20万円×3か月)の生活費の貸付などにより、一定の効果を上げたのかもしれない。
しかし、先日の朝日新聞によればこうした貸し付けを限度額まで使い切った利用者から「クレジットカードで借金生活している」「アパートを退去しないといけない」などの悲鳴が上がっているとの記事があった。
もともと返すあてもない貧困者に当座の貸付で苦境を乗り切れという国の発想がおかしいのではないかと思う。
生活保護があるではないか。
そもそも生活保護法第1条(この法律の目的)は
「この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする」
と規定しているのだ。
なぜ、返済する必要のない生活保護を積極的に利用するようにアピールしないのかと思う。
今こそ、最後のセーフティネットという生活保護制度の出番ではなかったのかと思う。
実は現行、寄り添いサポートという制度はある。
それは生活困窮状態にあるものの可能な限り生活保護に頼らず、自立を支えるために支援員が寄り添いながら就労等の支援を行っていくというものである。
これは生活保護受給者の増加を抑止するための生活保護転入防止策としか私には思えないのだ。
しかし、このコロナ禍の今こそ国は、生活に困窮する人々がまず第一に頼るべきものは生活保護制度なのだということを国民に正しく知ってもらう努力をすべきだと思う。
そのためには、もうそろそろ生活保護制度の抜本的な改革を考えなくてはならない。
その大きな一つは扶養義務調査の問題である。
私の10年以上の経験からも扶養義務調査を実施して、実際に金銭援助を申し出たケースは10件にも満たない。
その金額も月額10000円を超えることはほとんどなかった。
多くの申請者は生活保護の申請をしたことが身内にばれるのを最も恐れる。
核家族化が進行する中で、民法の扶養義務を持ち出して原則的に扶養義務者に金銭的な援助を求め続けるのは今の時代、嫌がらせをしているようにしか考えられない。
この要件を外すと保護受給者が増えるという考えはもう捨てなければならないと思う。
そんなケチなことを考えるよりは、困ったときは生活保護を受けなさい。
皆で再出発を応援しますと言ってもらった方が何より元気が出るというものだ。
2020年12月23日厚生労働省は「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください。」とホームページでメッセージを発信している。
画期的な厚労省の変化ではないか。
また、2021年3月30日付「生活保護問答集について」の一部改正を通知した。
その中で「要保護者が扶養照会を拒んでいる場合等においては、その理由について特に丁寧に聞き取りを行い、照会の対象となる扶養義務者が『扶養義務履行が期待できない者』に該当するか否かという観点から検討を行うべきである」と取り扱いの運用方針を変更したとあった。
ここまで配慮しようとするのであれば、扶養照会は特別な場合を列挙して、それ以外はやめた方がいい。
日本の保護受給者数は生活困窮者の実態を表していないと言われている。
捕捉率(生活保護の受給要件のある人で実際に受給している人の割合)は20%程度というから、対象となる80%の人たちは生活保護だけは絶対に受けたくないという人たちなのだ。
この人たちの真の声に耳を傾け、どうしたら保護をしないで済むかを考えるのではなく、どうしたら保護が適用できるかに知恵を傾けるべきだ。
困ったときは生活保護が身近にあるという、頼りにできる生活を保障することこそが、健全な国民を育てると確信する。
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