
鹿児島市と指宿市を結ぶ、鹿児島県道路公社が管理する有料道路「指宿スカイライン」のことを書き忘れていた。
九州自動車道から続く指宿スカイラインは起点鹿児島IC~南九州頴娃(えい)IC36.8㎞。
鹿児島IC~山田IC(鹿児島市)4車線最高速度70㎞有料区間、山田IC~谷山IC4車線無料区間、谷山~頴娃IC有料区間という複雑な料金体系の道路だ。
どのへんで気が付いたのだろう、多分、谷山ICに入ってからだったろうか、対向車線の車を見たのは2台だけだった。料金も100円か無料ではとても建設事業費の返済どころか、高齢者対策で雇用している人件費も支払うこともできないだろう。
有料道路事業という制度を利用して建設している以上、常識では考えられないようなお役所のご都合主義があるのだろうと想像した。
蕎麦屋の女性職員にスカイラインのことを聞いたら、地元の人で使う人はほとんどいないと笑われた。
さて、これから日本最南端の始発・終着駅JR枕崎駅に行く。
小雨が降る中をJR枕崎駅に到着した。
人っ子一人いない、寂しさが募る無人駅だった。
一日午前2本、午後4本、鹿児島中央駅まで2時間45分。
ホームのそばに立ち、鹿児島方面につながる鉄路を眺め、反対方向に線路のその先がないという状況を実感すると最終駅の寂しさがよけいに募った。
ちょうど小雨が降っていたのもそういう意識を増幅させたに違いない。

伊勢海老のステーキ
さあ、これから今回の旅行のメーンイベントである今日の宿泊地、いせえび荘に行く。
宿は南九州市頴娃町別府という地名にあり、あとから地図を眺めて自分の立ち位置を勘違いしていたことに気が付いた。
ここから見る正面の海はいわゆる東シナ海、左側の雲をかぶっているのが開聞岳だったが、その時は正面に見える海は鹿児島湾の中だとばかり思って眺めていたのだった。
開聞岳と海がごっちゃになっていたのだった。
いせえび荘の売りは「一年中新鮮ないせび尽くし料理」と、水平線と薩摩富士「開聞岳」を一望できる絶好のロケーションとあった。

いせえび尽くしとは、伊勢海老の活き造り、伊勢海老の味噌汁、伊勢海老のセイロ飯、伊勢海老の塩ゆがき、伊勢海老のステーキだ。
その上に特別に大きな平目一匹の活き造り、のん兵衛ぞろいの後期高齢者は垂涎のごちそうにのどを鳴らし、酔いにひたり、今宵は少しのみすぎてしまった。

朝、小雨が降ったりやんだりしていた。
朝のウォーキング、いせえび荘から海岸まではすぐ目と鼻の先だ。
海岸線から海に突き出た遊歩道があり、海の中を一周できる。
一周といっても小学校の校庭を一回りする程度だったが、やや強風の中、白い波が打ち付け、少し荒れていた。
海に踏み出すところには、
「高い波があるときは通行しないでください。すべて自己責任です。」
と警告していた。
流石にその警告文を読み、やや高い波が打ち付ける柵も手すりもない海の中の遊歩道に一人踏み出す勇気がなく私は引き返したのだった。
隣室のべーちゃんが手を振っているのを見て、私も手を振った。
昨夜は飲み過ぎてちょっと踏み外していたが、何の憂いもない朝の挨拶だった。
朝ごはん、テーブルに、メニューを描いたかわいい手書きカラーのイラスト入りのチラシが置いてあった。

鹿児島といえば黒豚・黒豚のセイロ蒸し、鮭を香ばしく焼き上げた味噌漬け焼き魚、イセエビの南蛮漬け汁などが描かれていた。
美味しい朝ごはんを平らげた。
朝ごはんの後、それぞれの部屋で出発の準備をしていた。
私は弟と2人部屋。そこにHちゃんが入ってきた。
おずおずとお金を差し出した。
弟は
「いいよいいよ、気にしなくて」と言っている。
今回の平目の活き造りは弟が思わぬ株の儲けがあったのでと差し入れたのだったが、お金持ちのHちゃんも弟にだけさせるのは悪いと思ったのか、「遅くなって」ともごもごと口の中で繰り返していた。
だが、Hちゃんも引き下がらない。
よくよく聞いてみると、まだ会費を払っていなかったのだという。
会費は最初の日に徴収したとばかり思っていたが、徴収するほうも、払うほうもいい加減だ。
弟が
「そういえばまだもらってなかったなあ」と言い出して、一件落着したが、私もそばで見ていて、お金持ちのHちゃんが気にして持ってきたものと勘違いしていた。
まあ、こんなおめでたい連中だからこの会は長続きするのだろうと思った。
宿の支払いを済ませて、車は宿の駐車場に置かせてもらって我々はこの地の番所鼻(ばんどころばな)自然公園内にあるタツノオトシゴハウスに向かった。

宿から10分ほどのところだった。
入場無料で1000匹以上のタツノオトシゴの生態を観察でき、オリジナルグッズの販売やカフェもあった。
10時から営業開始。10時前だったが鍵は開いていたので
「まだかなあ」
と言いながら入っていくと
「いいですよ。どうぞどうぞ」
と明るく愛想のいい女性だった。
ご主人がタツノオトシゴに魅せられて、関東から移り住んでここでタツノオトシゴを養殖し販売していると話した。
確かにタツノオトシゴの生態を観察していると、なかなかユニークで面白い。
ただ、見せられて職業にしてしまう人がいるという没入人生は私にはとてもできないと思った。
いよいよ鹿児島に向けて出発。
天気予報では今日は北九州から熊本あたりで大雨が降っているようだ。
鹿児島県では私たちがいた指宿あたりはまで曇り状態だったが、鹿児島市内に近づいていくと雨が強くなっていた。
レンタカーを返したころには本降りになった。
Hちゃんは傘もカッパも持っていないという。
ちょうど私は両方を持ち合わせていたので、カッパを着るように勧め

ると
「いいよいいよ」
と遠慮する。
それを聞いていた本家のMちゃんが
「H!この雨の中を傘もささずに歩いたらずぶぬれになるよ!」
と怒鳴った。
本家の兄いの怒声には、子供の頃から抵抗できない。
すぐに素直に従ってカッパ姿になった。
合羽を着た途端にHちゃんは元気に笑顔になった。
内心困っていたのだろうと想像した。
強い雨の中を鹿児島中央駅に向かった。
私の傘は小さな傘だったので、私が一番濡れた。
Mちゃんが背中が濡れていると労わってくれた。
何事にも目配り、配慮を怠らないのは本家の頭領としての資質を備えているといつも感心する。
鹿児島中央駅3階の居酒屋の一室で今回の旅行の打ち上げ会。
最初の旅行が20年ほど前だからさすがに酒量は減った。
最盛期の1/3くらいだろうか。
一番最初の旅行の打ち上げ式は名古屋駅構内だった。
居酒屋にあった冷蔵ショーケースの日本酒を平らげてしまった。
今回の打ち上げでも、その思い出話で盛り上がったのだった。
そして次の旅探しで瞬く間に別れの時が来た。
我々兄弟は運転を再開した新幹線で、東京組は鹿児島空港へ帰宅の途に就いたのだった。
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