アントニオ猪木さんが10月1日亡くなった。
亡くなる10日前の映像がテレビに流れた。
「燃える闘魂」の男のやせ衰えベッドに横たわる死の瀬戸際の姿があった。
こんな姿をどうして撮らせるのだろうと思った。
確かに前に向かって、前進あるのみで進んできた男の、死に向かう姿をも映し出す、死からは逃げることはできない、私は最後まで戦うのだと、猪木の生きざま、死にざまを見せるのだという主張だったのだろうと私なりに理解はした。
しかし、私はそのような猪木の姿は正直見たくはなかった。
アントニオ猪木と言って思い出すのは異種格闘技戦を争った、プロボクシングヘビー級世界チャンピオンモハメド・アリ(カシアス・クレイ)との「格闘技世界一決定戦」だった。
1976年(昭和51年)6月26日、その日は土曜日だったことを今でも覚えている。
当時土曜日は半ドンで勤務はお昼12時まで。
土曜の昼からはいつも職場の仲間とマージャンをしていた。
仕事を終えて、同僚の車に同乗し友人の家に集まった。
もちろん、世紀の一戦を観戦し終わってから麻雀を始める予定で、テレビ観戦を優先させたが、数ラウンド見て皆退屈した。
レスリングの猪木とボクシングのアリがそれぞれのファイティングスタイルで戦うとばかり思っていたが、試合開始早々から猪木はリング上に寝転んで、アリの足をめがけて蹴りを試みるのだ。
リング上に寝転んでの蹴りなど相手に見透かされてなかなか有効打など当たらず、また立ち姿のクレイの腕も寝転んだ相手に届くはずもない。
こんなだるい異種格闘技など面白くもなんともなく、とても最後までまともに見続ける気にはなれなくて、途中から麻雀を始めた。
二人が本気でやっているようには見えずすっかり興ざめしたことを思い出す。
試合は結局引き分けに終わった。
それからはプロレスリングをまともに見ることはしなくなったように思う。
私が初めてプロレスリングに接したのは力道山の試合だった。
猪木は力道山がブラジルでスカウトして育てたということを、この記事を書くにあたり調べていて初めて知った。
力道山は伝家の宝刀の空手チョップで対戦相手をなぎ倒していた。
我が家にテレビはなく、近所のおじさんのところに毎日のようにテレビを見に通った。
もちろんプロレスラー力道山は、当時取っていた月間漫画雑誌「少年画報」に毎号のように写真が掲載されていた。
それにしてもテレビで見る力道山の試合は大迫力だった。
1962年(昭和37年)4月27日テレビで生中継された試合は、力道山、豊登、グレート東郷対ルー・テーズ、フレッド・ブラッシー、マイク・シャープの6人タッグマッチ。
ブラッシーはいつもの嚙みつき攻撃を繰り返し東郷の額からの流血シーンが生々しく放映されて、二人の老人がショック死した。
多分、世間一般の人たちはプロレスの試合が一種のショーにすぎないことなどまだ全く知らなかったのではないかと思う。
今では誰も信じないような事態が生じたのだった。
力道山は1963年(昭和38年12月8日)暴力団組員に刺されて一週間後に、39歳の若さで亡くなった。
圧倒的に強い力道山の誠にあっけない死だった。
鋼のような肉体と空手チョップで一世を風靡した力道山が死んだ、私にはしばらく力道山の死が受け入れられなかった。
プロレスリングとプロボクシングの中で、私を最も圧倒した試合と言えば何といっても当時の世界チャンピオン、ソニー・リストン対挑戦者カシアス・クレイ(モハメド・アリ)戦だった。
1964年2月25日、私は高校2年生だった。
テレビをどこで見たかの記憶がないが、確かにテレビで見た。
予想では圧倒的にチャンピオン勝ちだったが、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と形容される、カシアス・クレイ(モハメド・アリ)の華麗なボクシングが展開され、6回TKOでチャンピオンに勝利をした。
この試合のカシアス・クレイ(モハメドアリ)のボクシングに私はいたく感動させられた。
それからというものは、プロレスリングにはまったく関心が行かず、もっぱらプロボクシングに魅了されたのだった。
そのモハメドアリも今回のアントニオ猪木を回想するビデオの中で、1996年4月4日の猪
木の引退試合にアメリカから駆けつけた時のフィルムが放映された。
あの「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と形容された男もパーキンソン病に侵され、五体の身体能力が低下し、歩行もやっとという姿で登場した。
あの退屈な世紀の一戦が猪木との友情を結んだのだと紹介されていた。
凡人の私などが分かったようなことを発言するのは本当は不謹慎なことなのだと自覚した。モハメド・アリは2016年6月3日74歳で亡くなった。
あの巨大で強力だった力道山もモハメド・アリもアントニオ猪木もみんな死んだ。
まさに三者三様の最強の勇者の姿を目にした一方、その最後の姿も垣間見せてもらった。
平家物語の冒頭の一節が頭に浮かんだ。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者もついにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」
合掌
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