熱帯魚を飼うようになって30年以上になる。
熱帯魚と言っても大げさなものではなく、私の場合は淡水魚の小型熱帯魚でネオンテトラやカージナルテトラ、赤ひれ、グッピーなどいつになっても初心者級の熱帯魚に、ただ毎日決まった時間に餌をやり、一週間に一回程度水槽の掃除と水質浄化のための麦飯石水の水替えをする程度だ。
この20年くらいはグッピーオンリー。
ネオンテトラや赤ひれは、私の大雑把な管理では出産しないため、何度か補充したが自然淘汰されてしまった。
それに引き換えグッピーは繁殖力旺盛で、人間と同じように母親のおなかから直接グッピーの子どもが生まれてくる(胎生)のが面白い。
水槽は自然とグッピーだけの世界になった。
また、犬や猫と違って声を上げないので、静かなのがいい。
水替えの時に使う麦飯石水は優れた水質浄化力により緑色に輝く透明感のある水槽を作ってくれる。
ずぼらな私でも水族館や熱帯魚店の水槽と同じような水槽になって、長続きしているのはこの水のおかげだ。
私に感動を与えてくれているもののひとつである。
ところで、以前書いたことがあるが、10年位前に水槽のヒーターが壊れてヒーターを取り換えたことがある。
その時、温度調節をするセンサーを水槽に入れ忘れた。
そのため、水槽は熱湯状態になっていた。
気が付いてすぐに水や氷を投入したが飼っていたグッピーはどこにもおらず全滅した。
と思っていたが、数時間後、水槽の底に一匹のグッピーを発見した。
あの熱湯のような状況で生き残ったグッピーがいたのだ。
多分、底の方はまだ生き残れる程度の水温状態があったのだろう。
それから数日後、かみさんがもう一匹いるようだというので60センチ水槽の中を凝視したが、水草も多く発見できなかった。
それからまた数日後、生き残った二匹が泳いでいた。
奇跡の二匹のグッピーだったが、奇跡はこれで終わらなかった。
それから2か月ほどしたある朝、水槽をのぞくと小さなグッピーの赤ちゃんが10匹以上泳いでいた。
まさに生き残ったグッピーはアダムとイヴだったのだ。
我が家のグッピーの世界創造だった。
そして、これまでにその子孫たちが営々と生き続けている。
グッピーは年2回程度出産するから、何世代何百匹何千匹生まれたことか。
この我が家の水槽が彼らの唯一の世界なのだ。
この中で皆、平和に暮らしている。
熱帯魚を飼い始めたころは魚が死んでいると取り上げて土の中に埋葬していたが、いつの頃からか、餌やり、水替え、掃除、水草の間引き以外は手をかけないようにしている。
彼らの世界は彼らの生から死への循環の中で維持されているのだと思うようになった。
それを一番感じるのは、何十匹も生まれ死んでいくグッピーの世界ではあるが、生み過ぎることもなく、自然に生存環境を調整しているように思えるからだ。
人間の欲望世界とは違った世界が見えてきた。
でも、えさを与え、水槽を掃除し、水替えをするのは私だ。
私がいなくなったらこのグッピーの世界を維持することはできないだろう。
そんなことを想像していると、結局、人間だって同じことだと思うに至る。
人間も禁欲的に平和志向で暮らしていけば太陽が消滅するか隕石が衝突して地球が破壊されない限り、永続するのだろうけれど、地球温暖化は止められそうもなく、世界各地の紛争は絶えず、一発の核兵器で世界滅亡、食糧危機や得体のしれない新型コロナ等の出現もあり、とても永続的な平和な世界は望めそうもないなあとグッピーの世界から想起した今日の結論だった。
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