五爺が行く、山形食べ歩き、飲み歩き(その1)

雪の村山駅


今年のいとこ会男子部の旅行は山形県内を巡る。

メイン観光は蔵王の樹氷と最上川舟下りと銀山温泉の三点セットだった。

 

山形駅午前10時過ぎの集合ということで、我々兄弟は大阪空港近くのホテルに前泊した。

新大阪駅から乗ったバスの中から空港近くで、行列のできているラーメン屋を見た。

バスを降りて弟にそのことを話すと、弟はすでにリサーチ済みで、行ってみようということになった。

かどや飯店の行列



店はホテルから5~6分のところにあった。

午後7時ころ行った。

「かどや飯店」という看板が出ていた。

 

まだ行列は続いていた。

6時開店というから、そろそろ客は一巡して、すぐに入れるだろうと踏んだけれど、1時間くらい並んだ。

午後8時頃ようやく入店した。

我々はテーブル席には座れず、カウンター席に並んで座った。

店内はざっと20数席くらいあった。

行列に並んでいた時に焼き餃子の注文を取りに来た。

私たちは2人分注文したが、後ろの二人連れが3人前を頼んだので、私たちも3人分に変更した。

 

入店してから麻婆豆腐、ニラ炒め、焼きそばを注文した。

焼きそばがなかなか出てこないので、聞くと今日は野菜担当の料理人が休んだので、八宝菜や焼きそばはできないと言われた。

でも、もう腹いっぱいになったので食事を終えた。

生中3杯ずつ飲んで、二人で5500円ほどだった。

まず値段でぶっちぎりの高得点、これは安い、皆さん安心して食べて飲める。

かどや飯店の看板



お味のほうも、餃子は小さめで、女性に好まれる。

こんがりと焦げた焼きあがりもおいしそう、いや実際美味しかった。

ニラ炒めもやさしい家庭の味風だったが、もちろん家庭の味を超えた腕自慢の味だった。

麻婆豆腐はいつも食べる麻婆豆腐より薄味に感じたが、これも合格点だった。

ただ、食べ終わってから、舌に化学調味料のような後味の悪さを少し感じた。

でも、これは気のせいかもしれない。

まあ町中華としては自慢の一店に入るだろうと思った。

 

さて 山形行の飛行機は8時05分出発なので、翌朝午前7時前にチェックアウト。

歩いて空港に行く。

上島珈琲店でモーニングセットを食べる。

ベーコンエッグと生野菜が食欲をそそる。

パンの焼き具合もほどよい。

コーヒーはプロの味、おいしく食べた。

 

久しぶりに空港内のバスに乗って飛行機まで行き搭乗する。

小さな飛行機だった。

ほぼ満席だった。

山形空港。岡山空港と同じくらいの規模だろうか。

山形空港から集合場所まではコミュニティバスのような小型の路線バスだった。

10時過ぎ山形駅到着。

山形空港からのシャトルバス

バス停では、いとこ会男子部の東京組が先着して迎えてくれた。

 

今回からいとこ会男子部の一同を五G(五爺・ごじい)と名付けたようで、本家の当主Mちゃんが叫ぶ。

五Gなかなかいい響きだ。

気に入ったので使うことにした。

 


予定では、これから蔵王の樹氷を見に行くことになっていたが、山へ昇るロープウエイは2時間待ちで、山は悪天候でとても樹氷は見られないだろうと断念したという。

計画段階でB案として、日本一美味しいそば「荒木そば」を食べに行くことにしていたと今回幹事の東京組は胸を張った。

東京組は今回の計画の立案会議と称して5回の飲み会を重ねた。

何を計画していたのかと我々が揶揄すると、そんな言い訳を返した。

 

奥羽線はほとんど満員状態だった。

奥羽本線とはいえ、いわゆるローカル線でこの混み具合にはびっくりした。

半分くらいの乗客は天童南駅で下車した。

天童南にはイオンモールがあるので、山形市内の人たちが買い物に来ているのではないかとの意見が出て、五爺は納得した。



荒木そば店へは奥羽線村山駅からタクシーで行く。

駅前にはタクシー2台が客待ちをしていた。

ちょうどよかった。

私は本家のMちゃんと二人で乗り込んだ。

すぐにタクシーの運転手が「鼻、鼻」と短く強く注意した。

私が鼻マスクになっていたことを注意したのだ。

「すみません、すみません」と気弱な私はすぐに直したが、実は腹を立てていた。

そのことをタクシーを降りて、Mちゃんに言うと、

「俺もよ、むっとなったよ。もう一言でも言ったら切れてたよな」と言った。

 

タクシーの運転手はその言葉以外一言も発しなかった。

少なくともサービス業に従事しているなら「恐れ入りますが、当社では車内の鼻マスクは直していただくようにご協力いただいておりますので、よろしくお願いします」程度に、丁寧に伝えるべきではないかと五爺の面々は意見が一致した。

山形市内と違って、ここ村山まで来ると雪が大量に残っていた。

雪景色の中を荒木そば店に到着した。

 

荒木そば 店構え


荒木そばに到着して店内に入る小道は凍結した雪が盛り上がって、雪面に足を取られそうになった。

正午過ぎに入店したが、一組の客が食べていただけだった。

我々の後からは次々と客が入り、ほとんど満席になった。

 

ここの蕎麦は板そばのみで、温かい蕎麦はない。

あらきそば 店内



あらきそばセットはうす毛利(もり)、鰊の味噌煮、旬の野菜(きんぴらごぼう、おから、熱々大根)などのセットで1930円。

つけものなどで一杯やりながら、ビールや日本酒をいっぱい飲んだ。

そばは今まで食べた日本そばで一番太いそばだった。

これで1930円は超安い!

麵が太い分、おなかにずっしりこたえる。

あらきそばセット



Mちゃんが若いころ、お漬け物でお酒を飲み尽くし、それから、ここの美味しいそばを食べて大感激したと日本一のうまいそばと推奨したが、それは若い頃の勢いのなせる業で、遠い良き思い出になっていたのだと思った。

というのは彼自身が、今回板そばを完食できなかったことからもわかった。

 

 

村山駅への帰りのタクシーは来た時のタクシーとは別の会社で、運転手は愛想よく会話を進めた。

「客商売はこれでなきゃあね」と我々年寄りはいたく満足した。

山力の前菜



午後4時頃にはホテルにチェックイン。

居酒屋「山力」に予約を入れ午後6時過ぎに集合することになった。

「山力」には歩いて行く。

馬刺しや刺し盛、芋煮、唐揚げなどで出羽桜など銘酒を堪能する。

馬刺し

若女将の明るい快活な応対が印象に残った。

山力の刺し盛り

ただ以前の旅とは違って、ずいぶん食べなく飲まなくなった。

やはり、全員前期~後期高齢者と高齢化が進んだからだろうと思った。

以前ならこれからカラオケに行くところだが、皆さん、大人しくホテルに帰った。

ただ弟は一度ホテルに戻って再び、山形ラーメンを食べに出て、餃子とラーメンにビール一本飲んだと言っていたから、彼はまだまだ若い。

 

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『週刊朝日』の休刊 紙媒体の終焉が近いのか 新聞・月刊誌・週刊誌は何処へ

花屋さんには春の花がいっぱい。これはサクラソウだろうか。

週刊朝日が5月30日発売の6月9日号をもって休刊するという。

週刊朝日は日本最初の週刊誌だったということを知った。

これまで定期購読したことのある週刊誌はこの1誌だけだった。

定期購読をやめても、記事広告を見て、関心のある記事は時々購入して読んだ。

ちょうど一年前の2月15日発売の創刊100周年記念号を買ったのが最後の購読だった。

こういう事態になることは予測だにしていなかったので、100周年記念号を探してみたけれど、年末にでも廃品回収に出してしまったようで見つからなかった。



週刊朝日は1922年(大正11年)に創刊された日本最古の総合週刊誌という。

1950年代には100万部以上発行されたが、昨年12月の平均発行部数は約7万部という。

インターネットの普及でニュースを紙で読む文化は絶滅しかねない。

アリッサムも



そういえばもう10年以上前になるが、小さな社会福祉法人に勤務していたが、就職試験の面接で、今日の新聞記事で記憶に残った記事は何ですかと聞いた。

その時すべての学生が「新聞はとっていないので、読んでいません。」と答えたことに唖然とした。

あれから10年以上たっているのだから、新聞に限らず、週刊誌・月刊誌も大変な危機に直面していることは想像に難くない。

 

例えば新聞のこの10年の発行部数の推移はどうだろう。

一般紙は2002年には5320万部発行していたが、2012年4778万部となり、10年間で542万部10%減少した。

そして2022年には3085万部となり、この10年間では1693万部35.4%減と急激に減少しているのだ。



また月刊誌の休刊や廃刊も相次いでいる。

主な雑誌としては近代柔道(1979年~2022年7月)、

ボクシングマガジン(1979年~2022年7月)、

演劇界(1943年~2022年3月)、

セブンティーン(1968年6月~2021年9月)、

ミセス(1961年9月~2021年3月)、

アサヒカメラ(1926年4月~2020年6月)など2020年以降も歴史ある雑誌の休刊・廃刊が続いている。

 

そしてネットメディアでは、インターネットで読み放題と銘打って週刊誌などの1000誌以上の雑誌が月額418円で読み放題と宣伝する。

これでは、紙媒体は勝てるはずもなかろうというものだ。

 

微妙な色合いのビオラも


こうした中で奮闘している雑誌社もある。

それは「文藝春秋社」だ。

文藝春秋は父と同居していた時父用に10年近く定期購読したのと、その後、時々買っていた文藝春秋の数独クイズが当たり、賞金を頂いたことから定期購読を再開し今に至っている。

 

文藝春秋社は週刊誌では有名な文春砲と呼ばれる「週刊文春」を発行している。

「週刊文春」の発行部数は47万5083万部で週刊誌発行部数ランキングのトップだ。

2位は「週刊現代」が35万7500部、

3位が「週刊ポスト」が30万2000部、

4位「週刊新潮」が29万4268部となっていた。

文春砲の突撃特ダネ取材はその精度が高く、政治家や有名人の不正・不当・不自然な行動に接近し続ける姿勢が高い発行部数につながっているのだと思う。

ただ、他の雑誌社がその姿勢を追いきれないのはなぜなのか、少し不思議な気がする。

アケボノアセビは満開までしばらくかかりそうだ



そして本家本元の月刊誌「文藝春秋」は2004年3月号は118万5000部(金原ひとみ、綿矢りさ芥川賞受賞作掲載)、

2015年9月号110万3000部(又吉直樹、羽田圭介芥川賞受賞作掲載)と2000年代に入って2度100万部越えを記録し、

令和5年2月号では発行部数64万部は総合月刊誌のトップですと宣伝文句で謳っている。

読者の心を動かす、タイムリーな記事の提示や読み物の興味、面白さが重なり合っているのだと思う。



さらに、文藝春秋のニュースサイト「文春オンライン」の2021年8月のPV(ページビュー)が、月間6億3094万PVとなったという記事が検索でヒットした。

ページビューとはブラウザにページが読み込まれる(再読み込される)ことで、ページビュー数とは、ユーザーがWebサイトのページにアクセスした回数のこととあった。

それにしてもインターネットの圧倒的な広がりを感じざるを得ない。

もはや紙媒体の生き残る道はないのかと思う一方、この文藝春秋社の奮闘ぶりを見ると、トップに存在することが生き残りの絶対条件であり、文藝春秋社以外の新聞・雑誌社は単にインターネット社会という時代に負けたというよりも、その前に文藝春秋社に負けたという現実があったことを知った。

 

 

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さらば日本共産党!

国会議事堂



2023年2月7日付朝日新聞の「党首公選」導入主張の党員除名 共産「党規約に違反」という小さな記事が目に留まった。

 

その記事には「共産党は6日、『党首公選』の必要性を会見で主張した元党職員の男性党員を同日付で除名処分にしたと発表した。

党の決定に反する意見を勝手に発表し、党規約に違反したことが理由という。」とあった。

この男性は、党で安保外交部長などを務めた松竹伸幸氏。

松竹氏は1月に都内で会見を開き、党の閉鎖性を指摘したうえで、党員の直接投票で委員長選ぶ「党首公選」の導入を主張した。

小池晃書記局長は6日の会見で「異論があるから処分したのでは全くない。党内で意見を述べることなしに突然攻撃してきたことが(処分の)理由だ」と説明した。

松下氏も同日に会見し、「党員にはどんな場であれ、自分の意見を述べる自由はある」と反論したとあった。

何とも料簡の狭い、共産党の言い分だと思った。

岡山市西側緑道公園の山茶花



そして、インターネットで検索すると江川紹子氏の7日ツイッターのニュースを伝える東スポWEBを見つけた。

江川さんは、

「昨日、問題にされた本を急いで読みましたが、『なんでこれで除名?!?!』という内容。

言論・表現の自由は民主主義の基本。

共産党はすぐに判断を撤回した方がいい」と訴えた。

続けて「<日本共産党規約第3条(五)意見が違うことによって、組織的な排除をおこなってはならない。>これはどうなったのかな」と党規約を紹介し今回の措置を疑問視した。とあった。

 

何とも料簡の狭いと思ったのは私だけではなかろう。

根強い共産党アレルギーがある中で、このような独裁的・権力的な乱暴な処分はかっての暴力革命を唱えていた共産党ならいざ知らず、これでは今のロシアのプーチン政権や中国の習近平政権を想起させるだけだ。

これまで戦後長い間訴えてきた人権重視、国民目線の新しい共産党のキャッチフレーズが色あせて見える。

依然としてかっての共産党のいやらしい体質は変わってはいないように見えたのだ。

赤い山茶花も美しい



早速、朝日新聞は8日の社説に 共産党員の除名 国民遠ざける異論封じと題して取り上げた。

その冒頭に

「党勢回復に向け、党首公選を訴えた党員を、なぜ除名しなければいけないのか。

異論を排除するつもりはなく、党への『攻撃』が許されないのだと言うが、納得する人がどれほどいよう。

かねて指摘される党の閉鎖性を一層印象づけ、幅広い国民からの支持を遠ざけるだけだ。」

と指摘していたが、私も党員の言葉を『攻撃』という言葉で断じる姿勢こそ、強い違和感を覚えた。

 

「除名」は党規約で「警告」「権利停止」「機関からの罷免」の上の最も重い処分という。

党首の公選を求め表明したことが除名に値するという、その共産党の価値観、体質こそに、民主主義を排した独善的な、どこかの教義のような虚しさが響く。

 

志位共産党委員長は2000年に委員長に就任し、23年目を迎えている。

こうした共産党における長期政権を担うことになったのは、もちろん志位委員長の功績の大きさ、評価があってのことだとは素直に思うが、どの世界でも長期政権の持つマイナス面は必ず生じているはずである。

23年もの長きに座っている党首がいて、内部での議論を尽くせるはずもないことは火を見るよりも明らかなことではないか。

にもかかわらず、小池晃書記局長は

「共産党は意見を言う自由は認められている。

問題は党の中で述べることなしに、突然攻撃してきたことが重要」と語ったとあったが、語るに落ちるとはこの言葉だ。

党員の主張を『攻撃』と思うことこそが問題だと真っ当な国民は思う。

光の実の並樹 来年は住宅団地内の小学校が創立50年を迎える。その記念行事の一環で小学生と住民が協力して作った



今回の件はいみじくも共産党の体質が露呈し、国民は共産党の中に決して民主主義的ではないものがあることを確信した。

そしてその恐怖を実感したのだ。

21世紀の今日において、公党の地位を占めた共産党が理不尽とも思える論理で処分を強行するその姿勢こそ、次期選挙で問われることになると思わざるを得ないのだ。

 

このままでは、「さらば 共産党!」だ。


多くの国民の心は離反するだろう。

 

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世紀の大横綱白鵬の断髪式から見えた白鵬の相撲道

横綱白鳳関の文字が見える幟


1月28日元横綱白鵬の断髪式の模様をユーチューブで見た。

時折目頭を押さえる表情が印象に残った。

現役時代、横綱朝青龍の背中を追って横綱に昇進した白鵬は悪役を演じる朝青龍と違って、色白の優し気な表情が安心感を与えてくれた。

ただ、実際の土俵は、朝青龍が去るとともに、年々、厳しく、辛く、時にはそれが横綱のとる相撲かと変わって行った。

 

具体的な取り口は、腕を曲げて相手の顔にぶち込むかち上げや張り手から、猫だましという立ち合いの時、相手の目の前で両手をたたき驚かすというかく乱戦法や、横綱の立ち合いの変化など、横綱としての品格を疑わせるような相撲を時に見せた。

 

2014年の5月場所では勝ち残りで土俵下に座っていた白鵬が、結びの一番、鶴竜対豪栄道戦の行司の判定に物言いをつけた。

控え力士が物言いをつけることは禁止されてはいないようだが異例のことだった。

 

2017年11月場所11日目嘉風に敗れたが、白鵬は立ち合いが合わなかったと土俵下から納得いかないとアピールをしたが、翌日、審判部から取り組みを行った力士には物言いをつける権利がないと規則の説明を受け厳重注意された。

 

また、この場所で優勝した白鵬は、観客とともに万歳三唱を行ったが、有識者から批判的な声が多く出た。

長い大相撲の歴史の中にあって異端な横綱、横綱らしくない行いとして多くの大相撲ファンも眉を曇らせた。

土俵入りは不知火型だった



ただ、異国から来た白鵬からすれば、彼なりの言い分はあったと思う。

例えば、勝利することが当然という常に強い横綱であることを要求されている以上、人一倍勝ちにこだわることは必然ではないかといいたくなるだろう。

そこに品格品位をもってくるのか、と言いたくもなると同情を禁じ得ない。

そして自分以外に誰もいない、一人横綱も続いたし、後から横綱になった日馬富士や鶴竜、久々の日本人横綱と待望された稀勢の里達は不祥事や怪我で先に引退して行った。

こうした中で、休場しながらも休場明けには、横綱として優勝して見せた。

また、そのことが悪くも言われた。

 

休んでも下に落ちないという横綱の特権を利用していると悪く言われたけれど、土俵に戻ると、きちんと横綱の力を見せつけていたのだと思う。

それこそが横綱ではないかと。

そして、またぞろ横綱としての品位・品格に欠けると指摘されるのだった。

 

しかし第69代横綱白鵬の主な成績を見ただけでその偉大さがわかる。

白鵬が活躍した国技館



例えば横綱在位は平成19年7月名古屋場所~令和3年9月秋場所まで、実に84場所・14年間横綱として君臨した。

幕内優勝45回のうち全勝優勝は16回を数えた。

幕内通算成績は1093勝199敗253休勝率.846、

2位は大鵬746勝144敗136勝.838で、年6場所制となった昭和33年名古屋場所以降、8割を超える勝率を残した関取はこの二人しかいない。

 

雲龍型の土俵入りを披露したこともあったそうだ

白鵬が去って、大相撲の救世主は怪我で序二段まで落ちた照ノ富士物語で復活した横綱照ノ富士が誕生したけれど、今照ノ富士は満身創痍で崖っぷちに立たされている。

しかし、休場が続く一人横綱照ノ富士の跡継ぎがいないのだ。

ここは横綱の特権を生かして、優勝できる身体になるまで休場しなければならない。

休場明けの場所では必ず優勝をする、それこそが横綱としての責任と品位品格というものだ。そのことを教えてくれたのがまさしく白鵬だったのだ。

 

白鵬は令和3年名古屋場所を15戦全勝した。

そして、9月30日に突然の引退を発表したのだった。

私は残念だが、横綱照ノ富士に跡を託した見事な引き際だと思った。

白鵬の相撲道の美学をまざまざと見せてもらった。

 

引退後、NHKの相撲解説者として、たびたび登場しているが、論理的でわかりやすい解説は彼の頭の良さを示している。

白鵬の相撲が様々な要素要因を図りながら成し遂げられてきたことを知った。

白鵬の相撲道は、横綱としての品位品格と横綱としての限りなく負けない相撲の追究のたまものなのだと思った。

大銀杏がよく似合った



そのことに意を強くしたのは断髪式を見守った奥様と1男3女の子供たちだった。

特に6歳になる三女の末娘の真結羽ちゃんが土俵下から父を見上げてマイクを握り原稿を読むことなく挨拶をした。

 

「お父様、現役生活お疲れ様でした。最後のお相撲のことははっきりと覚えています。あの時のお父様は誰よりもかっこよくて、誰よりも輝いていました。

 今、目の前に立っているお父様はまげがないから、ちょっと不思議だけれども前より優しい顔をしています。

前はまげがあって頭を触れなかったけれども、もうまげがないからお父様が頭をなでなでしてくれた分、わたしがお父様の頭をいっぱいなでなでしてあげます。

世界で一番、優しくてかっこいいお父様でいてください。

世界で一番愛してるよ。

 

 大勢の皆様、お父様の断髪式におこしいただいて、ありがとうございました」

 

まさにこの親にしてこの娘あり、堂々とはっきりした口調でよどみなく挨拶した。

私も涙が流れた。

日本の古き良き家庭の匂いが漂っていた。

まさしく白鵬の相撲道につながる素晴らしい家庭を築いていると感動したのだった。

 

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岡山県女性が長寿日本一になった 女性長寿ベストファイブ府県の共通点はあるのか 

寒波襲来


正月4日の朝日新聞地方版に女性の寿命全国1位という記事が載った。

2020年の都道府県別の平均寿命が発表され、岡山県の女性は88.29歳と全国1位になった。

首位になるのは1970年以来、半世紀ぶりとあった。

岡山県に住んで私も半世紀を少し過ぎたが、まったく知らなかった。

誰からも聞いたことのないニュースだったので目に留まった。

こういうことを「寡聞にして知らない」というのだろうか。

 

記事には平均寿命は厚生労働省が5年に1回発表しているとあった。

岡山の女性は統計が始まった1965年から11回連続でトップテンに入り続けてきたという。

こういう名誉ある記録があったことをこれまで全く知らずに過ごしてきたことに、岡山県の女性の皆さんに申し訳ない気持ちとともに、なぜ関心を示されなかったのか、行政や男性の無関心によるものかなど大いに気になった。

今回は2位だった2015年に比べて0.72歳延び、全国平均を0.69歳上回ったとあった。

 

女性の平均寿命は岡山に次いで、②滋賀県③京都府④長野県⑤熊本県と続いた。前回のトップは今回4位の長野県だったとあった。

ちなみに岡山県の男性は81.90歳で10位に入った。

男性の上位3県は滋賀県、長野県、奈良県。

逆に短かったのは男女とも青森県で女性86.33歳、男性79.27歳ということだった。

 

久しぶりの雪景色


女性の寿命ランキングベスト5に入った府県の特徴や共通性は何があるのか。

無視してきたお詫びの印と言っては弁解が過ぎるかもしれないが、少し追究してみたくなった。

 

まず、長寿ランキングベストファイブに入る、生活環境の共通性はどんなところだろうと、様々な統計ランキングを見比べながら近似性や共通性を探してみた。

 

一般的に長生きができるという環境とは何かということを考えてみた。

それは一つに争いがない環境にあるかということを思い立った。

それで、都道府県離婚率ランキングを調べてみた。

 

離婚率の低い県ベストファイブは

  • 新潟県
  • ②富山県
  • ③秋田県
  • ④山形県
  • ⑤石川県といわゆる日本海側に集中していた。
  • 離婚率の高い県ベストファイブは
  • ①高知県
  • ②沖縄県
  • ③和歌山県
  • ④宮崎県
  • ⑤北海道(2018年)
  • 北海道を除いて太平洋側の西日本の県が並び、気候風土が大きく影響しているように思った。
  • つまり裏日本(こういういい方は今はしなくなったが)は地味で耐える女性像を思い浮かべた。
  • そして表日本は陽気で活発な女性像だ。
  • 北海道は日本各地から集まった他人の目を気にしない北海道人気質を形成した結果のような気がする。
  •  
  • 因みに長寿女性率1位の岡山県の離婚率は31位、
  • 2位の滋賀県は44位、
  • 3位の京都府は37位、
  • 4位の長野県は38位、
  • 5位の熊本県は18位だった。
  •  
  • 肥後もっこすの熊本の女性像からは十分謙虚だと思った。
  • 他の4府県からは争いを好まない優しい女性像が浮かんだ。

歩道を歩くのに難渋した



ただ、離婚に至る大きな原因は貧困によることが多い。

貧困率という統計指標がある。

貧困率とは国民全体のうち、所得が低く経済的に貧しい状態にある世帯の割合を示す指標と説明される。

 

その貧困率都道府県ランキングではワーストファイブは

  • 沖縄県

②高知県

  • 鹿児島県
  • 大阪府
  • ⑤宮崎県(2022)である。
  •  
  • 因みに岡山県24位、滋賀県43位、京都府10位、長野県36位、熊本県は11位となっており、貧困率と府県民の長寿との関係は明白ではない。
  •  
  • 高齢者の貧困率の違いを見る必要があるのかもしれない。

 

次の指標は長生きできる環境とはストレスの少ない環境であるという視点で、ストレスと強い関係のある自殺率について調べた。

 

令和3年自殺率都道府県ワーストファイブは

  • 青森県①山梨県③新潟県④和歌山県⑤高知県だった。

 

因みに岡山県と滋賀県は同順位で26位、京都府は45位、長野県、熊本県は同順位の31位で、長寿女性ベストファイブの5県は半分以下の順位で、とりあえずストレスを上手に回避しているように思われた。

 

離婚率トップの新潟県が自殺率ワースト3位、貧困率2位の高知県が自殺率ワースト5位とは因果関係を想起させる。

 

そして、健康を維持し続けるための指標として病院数の都道府県ランキングを見てみた。人口当たり病院数のランキングは

①徳島県②佐賀県③島根県④高知県⑤長野県、因みに岡山県は12位、滋賀県は32位、京都府は27位、長野県は5位、熊本県は13位で、意外に地方が充実していることがわかった。

 

最後に都道府県美人ランキングベストファイブは

  • 秋田県②福岡県③東京都④北海道⑤埼玉県

 

岡山県39位、長野県28位、熊本県19位、京都府6位、滋賀県41位(2020)

 

この指標は突飛に見えるかもしれないけれど、美人県には美人県の様々な苦悩があり、それが健康や長寿などを阻害することは十分に考えられると思ったからだ。

 

結果は、美人県ナンバーワンの秋田県の離婚率3位ということも何か予感させる数字だ。

出る杭は打たれるの例えもある。

古都京都は別にして長寿女性ランキングベストファイブの各県は目立たぬように粘り強く生き抜くことで長寿を勝ち得たのではないかというのが私の勝手な結論になった。

 

それにしても岡山県女性は、わがカミさんの生き方によく似てるわいと思った次第です。

 

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エコキュートが壊れた ネットビジネス体験記

お正月を過ぎても元気な葉ボタン


昨年は物がよく壊れた年だった。

DVD録画機、テレビ、パソコン、エアコン、生ごみ処理機など修理に出したもの、買い替えたものといろいろだったが、何かに呪われたように続いた。

まあ、金婚式もとっくに通過した高齢者世帯の証でもあるのだろう。

そして極めつけは年末のエコキュートの故障だった。

それは、突然だった。

 

いつものように風呂蓋を取って入ろうと足を挙げた途端、気が付いた。

お湯ではない、水だった。

自動お湯張り、焚き上げ機能がダウンしている。

ただ、浴室内シャワー、給湯機能は生きていた。

これならお湯をためることができるので、短期間であればエコキュートを交換するまでは入浴できるだろうと思った。

 

翌日、地元の大手家電販売店に行き、現在使用しているエコキュートと同じ三菱製を希望し機器の交換工事について依頼をした。

次の日、担当者と技術者が来た。

10年以上使っており、修理は考えていなかった。

現場を確認し、とりあえず見積書を作成して持ってくるということだった。

翌日、見積書の提出があり、多分契約することになると伝えた。

数日後契約について連絡し契約日時を決めた。

契約前日に担当者から電話があって、明日は別件で外出しなければならなくなったといったが、買い物もあるので、こちらから出向いてもかまわないといって午前11時から12時までに行く旨伝えた。

彼は代わりの担当者の名前を挙げて、よく伝えておくということだった。

冬枯れの植え込みに、色を添えるオタフクナンテン



そして、当日11時30分頃店を訪ねた。

レジの女性職員に今日の担当者の名前を告げるとその職員は今接客中で、まだ二人待っているというので、先に買い物を済ませてから寄ることにした。

買い物を済ませて再度訪ねたが、まだ来客対応中という。

少し待っていたら、気を利かせてくれたのか、別の職員で対応すると言った。

その職員が出てきて面談することになった。

契約に至る前に、2,3気になっていることを聞いた。

私の質問の仕方にムッとしたようだった。

 

多分、元々の担当者が不在で、その代わりも接客中、その後を対応させられることに不満があったのかもしれないと後で思った。

 

そんな経過の中で、この担当者は「本来の担当者もあなたが11時から12時に来ると言うので、ぎりぎり12時まで待っていたんですよ」と言い放った。

私は瞬間湯沸かし器になった。

「馬鹿なことを言うな!私たちは11時30分にはここに来たんだ。

契約の話をした担当者は別件があって外出すると事前に聞いていた。

だから、別の職員が対応するということになっていたんだ。

その職員も接客中ということであなたが出てきたんだ。」

と恥ずかしながら大声を出してしまった。

するとその職員はすっかりしょげ返った。

私は即座に席を立って店を出た。

その男は車まで付いてきたが、流石に優しい言葉は出てこなかった。

 


ということで、これからエコキュートの業者を探さなくてはならなくなった。

あてもなく、インターネットでエコキュート業者を調べていたら、ホームページが派手でない、製品の仕様、機能などの説明が丁寧でしっかりして、製品価格や工事価格が比較的安いサイトが気に入った。

ただし、その業者は高知市のエコキュート専門業者だったので、最初は二の足を踏んだ。

少し悩んだが、とりあえず電話してみようと電話した。

高知の業者が岡山の工事をどうやって行うのかと聞いた。

工事エリアは四国四県と広島県・岡山県でそれぞれの県に設置工事会社があるという説明だった。

その後の業者とのやり取りの中で、多分、各県で信頼のできる設置工事業者と契約し、高知市の本社はメーカーからの製品の仕入れとともに工事依頼者(お客)への営業、契約を行い、設置業者への製品の納入、工事現場の状況把握、工事手順の指示などを行う方式なのだということが分かってきた。

こんな写真を、との見本も来た



また、こうした中で私が驚いたのは、すべてがメールと電話のやり取りで段取りを進めていくことだった。

従って、現場で工事施工業者が必要とするであろう点については、

見積もりとともにこんな依頼がきた。

例えば搬入経路の状況やエコキュートの接地面が土であるか、

それともコンクリート面であるか、

分電盤の全体写真や、ふたを開けた状態での中のブレーカーが全部写っている写真など

 

見積価格に関わる必要事項について細かく工事依頼者に写真を撮り、メールに添付して送るよう指示してきた。

そして、工事日までには、エコキュートが搬入しやすいように搬入通路をできるだけ広くとるように依頼され、狭い庭の我が家のこうした片づけは優に半日はかかった。

これも安く買うための協力なのだろうが、こうしたことでよいものが安く買えるのはうれしい限りだ。

 

事実こうしたことが工事価格に反映され、同じ機種が大手家電などの価格よりも40000円ほど安い価格を実現できた。

この価格が工事受注業者のリモートによる様々な工夫や購入者の協力により実現できたこと、こういうやり方もネットビジネスの分野に入るのだろうと思った。

 

結局私が業者に直接会ったのは、工事日当日、施工業者の若い技術者と中年の助手の二人が初めてやってきたときだった。

工事を請けた高知の受注業者とは一度も面と向かって会うことはなく、パソコンと電話だけだった。

新しいエコキュートのリモコン


もちろん、終わって暖かい湯に入るまでは少し不安ではあったが、それは杞憂だった。

若い技術者は午前9時から午後4時ころまで、真面目にしっかり働いてくれた。

そうした働きぶりに信頼を増して、リモコンが壊れていたトイレ工事もお願いすることにした。

高知の業者から電話がかかってきた。

振り込み金額を収納したということの電話だったが、「トイレの工事がいただけたと岡山の業者が喜んでいました」とお礼を言われた。

新しいトイレ。我が家にはもったいないほど快適です。

アマゾンや楽天などのネットショッピングは頻繁に利用しているが、工事を伴うネットビジネスの利用は初めてだったが、何事もなくスムーズに進んだ。

 

こうしたビジネスがこれからはもっともっと進化していくのだろうと思った。

 

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晴れの国岡山が今燃えている

 

燃えろ岡山県民運動の名残が、岡山市を流れる旭川河川敷にあったことを「岡山の街角から」というサイトで知りました。グーグルアースでこの名残が見られることも。
写真はグーグルアースの画面を撮影したもの。



1980年代「燃えろ岡山」のキャッチフレーズで、岡山県主導の一大県民運動が始まった。

もともと岡山県民は冷めている、付き合いにくいという県民性が指摘されていた。

評論家の大宅壮一は

「岡山県は日本のユダヤである。

岡山県人の歩いた後には草も生えない」

と言ったと聞いたことがあった。

 

でも、日本最初の孤児院は岡山でできた。

民生委員制度の先駆けとなった済世顧問制度も岡山で生まれた。

企業メセナの先駆けは、倉敷の大原美術館だ。

ボランティア精神の豊かな土地柄でもあったのだと思う。

岡山の春は院展から。お正月、例年デパートで開かれる院展に燃えました。



ただ、高校を出るまで広島県で育ち、岡山県人となった私にはやはり、広島カープやサンフレッチェ広島を持つ広島県と比べて、地域経済力の差もあるけれど組織的な行動力や目標に向かう結集力の差が決定的に違っていたのではないかと思う。

 

「燃えろ岡山」県民運動では燃えろ岡山音頭も作られた。

歌手三船和子、作詞石本美由紀、作曲市川昭介、歌詞は一番から五番まであった。

その一部を紹介すると

「 朝日が彩る 瀬戸の海 

夕陽が彩る吉備の里 

みんなの心が 燃えるいろ 

ふるさとづくりの 血が通う 

燃えろ岡山 明日へ燃えろ 

揃う気持ちの手拍子で パッと燃やそう こころ意気」

という一番の歌詞だが、歌った覚えも聞いた記憶もまったくない。

当時県内各地でいろんな盛り上げ行事が開催されたようだが、「燃えろ岡山」県民運動は盛り上がることなく忘れられ消え去った。

この絵も院展で印象的だった作品。燃えていますね。



しかしここのところ岡山県もだいぶ変わってきたように思う。

その変化の一番手となったのが渋野日向子の出現である。

2019年全英オープンに初出場で優勝してしまった。

シンデレラガールとして一躍時の人となった。

渋野日向子の笑顔を絶やさないサービス精神や物怖じしない堂々とした態度は、これまで見てきた岡山県人とはだいぶ違って見えた。

 

岡山県の女性では、アムステルダムオリンピック女子陸上800メートルメダリストの人見絹江やバルセロナオリンピックとアトランタオリンピックの女子マラソンでメダリストとなった有森裕子を思い出すが、両者ともかつての伝統的な真面目な真面目な岡山県人だった。

 

また、プロ野球オリックス・バッファローズの山本由伸投手の活躍も目を見張らせる。2021,22年連続投手5冠東京オリンピックでも金メダル獲得に貢献した。

岡山県備前市出身である。



そして、最近の岡山県のスポーツや文化、芸能分野の活躍はどうだと言いたい。

いや言わせてほしい。

昨年からに限っても、全日本吹奏楽コンクール高校の部の岡山学芸館高校は5大会連続、8回目の金賞を受賞した。

また、暮れの全国高校駅伝男子は岡山県倉敷高校が3回目の優勝を果たした。

 

芸能分野でもM1-グランプリで2022王者に輝いたのは岡山県津山市出身のウエストランドだった。

岡山市長を表敬訪問した学芸館の選手は写真のように述べ、県民をさらに燃え上がらせた。
NHKテレビ、「もぎたて」より。



こうした中で、極めつけは今年のサッカーの全国高校選手権でチャンピオンとなった岡山学芸館高校の活躍だった。

サッカーのーJ2ファジアーノ岡山はリーグ3位で終わり、JI昇格はならなかったが、前評判にも上らなかった学芸館が魅せるサッカーで、サッカーの面白さ、魅力を全国に発信した。「燃えよ岡山」県民運動では燃えることのなかった私も手に汗握り、燃えた。

 

晴れの国岡山が今燃えている

 

追記 今年1月に行われた高校女子バレーボール全国大会に岡山県代表として出場した就実高校は3連覇がかかっていたが、コロナ陽性者が出たため残念ながら棄権となった。

 

 

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